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昇る月


(数日頬を腫らしていた理由。友人の行動に感謝しつつ。リンクを貼らせていただきました)
>>【寅靖氏サイド】拳に宿るは、声無き咆哮


◆◆◆

放課後の依頼の相談を終え、連夜通うのは工場現場跡のゴーストタウン。
広くて入り組んだその場所を目的も定めずに歩く。

どれほど歩いたろうか。

何処も似たように思える、とある一角で足を止めた。
今宵はまだ、思念と刃を交わしたのも数えられるほど。
なのに頭も身体も酷く重く思えて、放置され錆びた鉄材の上へと腰を下ろした。


◆◆◆

肩に薙刀の黒い柄を寄りかからせ、片膝を引き上げて見るともなく空を見上げる。
日も暮れて、次第に闇の色を濃くする空にまだ月の姿はない。

数日前は満月だったか。

毎夜この場所で月を見上げているはずなのに、記憶は酷く曖昧で―緩く頭を振った。
唇が何事か呟こうとして開く。

「…、…」

けれども何を呟こうと想ったのか。
言葉は形になる前に霧散し―自分でもわからぬままに唇を閉じた。

―ここは君の来るところじゃないですよ…

与えられた言葉が、ふと記憶の中に浮き上がる。
自分の方が疲れた顔をして、それでも私を此処から帰そうとした人の声。

―では、私は何処に行けばいいのだろう?

疑問に答えは見つかるはずなく、ただため息をひとつ吐いた。

◆◆◆

どれほどそうしていたのか。

「…」

ふと、名を呼ばれた気がして視線をあげる。

「…寅靖…」

数歩離れた距離で、此方を見下ろしている友人の姿を認めて名を呼んだ。
これほど近づかれていたのに、名を呼ばれるまで気付かなかった己の感覚の鈍磨に苦笑する。
これが友人でなく、悪意に満ちた思念だったらどうなっていたか。
その結果の想像は容易く、そして楽しいものではありえなかった。

「………」

名を呼んだ友人からの応えはなく、それきり会話は途切れて沈黙が落ちる。
広いこの場所には周囲の音はほとんど届くことはない。
時折風か、思念の無念の声か。
そんなものが細く恨めしげに、あるいは淋しげに切れ切れに耳元を掠めるだけだ。

紡ぐ言葉も見つけられぬまま、ぼんやりと見上げた先で寅靖が数歩の距離を詰める。
そのまま右手が振り上げられた。
何を、と想うこともなくただその動きを見る。
次の瞬間には頬に重い衝撃。
構えていない身体は衝撃を受け止めきれずにぐらりと傾く。
傾く身体を足で支えて、地面に落ちる二つの影を見た。

「…一人で背負うな、と言ったはずだ」

耳に届くのは苦い声。
のろのろと顔をあげる。

「為すべきことがあるのなら ―…譲れない想いがあるのなら。
 強くあろうと、するな」

重く語られる言葉はまだ耳に届くだけで、鈍い思考を揺らしはしないけれども。
記憶には確かに刻まれてゆく。

「…強く?」

何を言っているのだろう?
私は強くなくてはいけないはずだ―少なくともそうあろうとしなくては。
力足りぬこの身から、そんな意地さえ失っては自分の足で立つことさえ叶わない。

「…声を限りに、泣き叫んだって構わない。だから、――…、たまには、頼れ……」

苦しげに紡がれる言葉。
手を上げた寅靖の方が苦しそうなのは何故なのだろう。
振り上げた手は今は傍らに降ろされて、小刻みに震えている。
その手に違和感を覚えてのろのろと指を伸ばした。
その指先が触れたかどうか。
けれども触れる指先を拒むように、背は向けられた。

「…今日は、帰れ」

最後に一言告げると、痛みを耐えるような背がゆっくりと離れてゆく。

カラン、と肩から薙刀が地面に落ちた。
触れた指先のぬるりと濡れた感触に視線を落とせば―指先には血の紅。
握りこむ指で掌を傷つけたのだろう―それはどれほどの力だったのだろうか。
広いこの場所で、あてもなく友人は私を探したのだろうか。

重い衝撃に感覚の遠ざかっていた頬が次第に熱を持つ。
脈とともにじん、とした鈍い痛みが広がってゆく。
そろりと濡れた指先でその頬に触れた。
冷え切った指先と濡れた感触と頬の熱と痛み。
不意にどれほど身体が冷え切っていたのかに気付く。
風が酷く冷たいことも―夜が深さを増したことも。
まるで閉じていた瞳を開いたように。

◆◆◆

ふるり、と肩が震えた。
数日―自分は何をしていたのだろう。
自らの力不足で為せなかった役目。
運命予報士の語る―身体を引き千切られるような痛みに苦しむ人々。
人々の苦痛により生み出された鬼との危険な依頼へと赴く人々の背。

許されたくないと
―何もかもから背を向けて辛い現実から逃げていただけではないのだろうか。

優しい言葉と暖かな声と―それに篭められた想い。
泣きたいほどにありがたく想いながら
―自分の殻に閉じこもり現実と向き合うことから逃げていたのではないだろうか。

それはなんて臆病で身勝手で不誠実な―狡い日々。

腰を下ろしていた鉄材から立ち上がり、腰を屈めて薙刀を拾いあげた。
ついた土を払い両手で武器を強く握り締める。
これはあの日にも装備していた武器。

「……、力足りずに…本当に、すまない、…すまなかった…」

告げたかった言葉を今度は逃すことなく呟く。
今も苦しむ人々に。
危険な依頼に赴く人々に。
暖かな言葉を向けてくれた仲間達に。

それは許される為ではなく、前を向く為の呟き。
まだ自分にも出来ることがあるのだから―今度こそ、との想いを篭めて。
ゆっくりと歩みだす先は、もっとも巨大な思念のいるはずの最奥の場所。

「…帰るよ、寅靖。…アイツを倒したら」

今宵は、数日の自分に区切りをつけるために刃を奮おう。
その刃には意味があるはずだ。
一度瞳を伏せて、迷う日々から抜け出す切欠を与えてくれた友に感謝する。
痛みを耐えて手をあげた友人を礼さえ言わずに見送ってしまったけれども。
今日の謝罪と感謝は―最奥の敵を倒してから。
目を逸らしていただけで為すべきことも出来ることもきっとあるから。
頭を振って髪を払い、空を見上げた。

そこには未だ月はないけれども。

今は曖昧な記憶に頼ることはない――あるべき場所に昇る月を知っているから。


| 日記&SS | 16:33 | comments(0) | - | |
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