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エアメイルとラベンダー


「…、で……。んと…」

シャープペンを顎にあてて考え込む。
深夜もすぎ、家の周囲からは波音だけが聞こえてくる。別室で人の動く気配も感じられず、聖雪と朔が眠りに落ちたのだろうことがわかった。

真っ暗な部屋の中でひとつだけついた明かりが机の上を照らし出す。そこには重ねて広げられた教科書と参考書、購入した何冊かの問題集やノート。自分で決めた今日のノルマを終えるまではあと少し。それなのに公式に当てはめた数字達は展開すれば展開するほど収集がつかなくなっていく。小さくため息をついた。

戦争の日は近い。けれどもその先にはクリスマスと試験が待っている。受験生でなりたいもののある身としては、成績を落とすわけにはいかない。
自分が無事に、クリスマスを、試験を、これから先の未来を迎えられるかという疑問は今は置いておく。…考えても仕方のないことだ。

「…そうだ、確か…、ノート…」

先日の授業で似たような問題を解いたはずという記憶を頼りに視線をめぐらす。ベッドの上に置かれた鞄を見つけ、そのノートを取るべく立ち上がってベッドへと向かった。



深夜まで続けた勉強の疲れも手伝って、どさりとベッドに腰を降ろす。目を擦りながら、座ったまま片手で鞄の中の目当てのノートを探した。疲れて張り詰めた神経をなだめるようにふわりとラベンダーのかすかな香りがして、その香りの先に視線を落とす。

それは鞄に括りつけられたテディベア型の小さなサシュ。

手に乗せ顔を寄せればそこから確かに幾分薄くなったラベンダーの香がした。
ノートを傍らにおいて、鞄の中から持ち歩いていた封筒を取り出す。カサリと音を立てて便箋を開き、机からの弱い明かりで文字を読む。
届いてから何度この手紙を読んだだろう。

「…ちょっとしか経ってないのに…字、下手になってない、か?」

小さく笑いながら、幾度目かの同じ感想を囁く声は自分でも驚くほどに掠れていて―唇を引き結んだ。


真っ直ぐな瞳と気持ちを持った太陽みたいに笑う人だった。
気持ちを真っ直ぐに、けれどもゆっくりと伝えてくれた人だった。
別れが来るのは知っていても傾く気持ちをとめられなかった。
共に過ごした時間はほんのわずかで―…今はもう遠い異国の人。
別れる日が来る覚悟は出来ていた。
それは嘘ではない。

自分の道を歩むその背を引き止めない自分でいたかった。
引き止めない自分だから、想ってくれたのだと想っていた。
それも嘘ではない。

異国へと旅立ってしまっても私は変わらず毎日忙しくて、走り回って、笑っている。
それは私が忙しくて、走り回って、笑っていたいから。
心配をかけたくないから―笑わなくちゃいけないから、では決してない。
心配を掛けたくないから私が笑っていたい。
すべての日々は私の選択。
誰の所為でもない。
それも確かに嘘ではない。

「…まったく、可愛げない、な…」

せめてあの日。
青空に一筋の道のような飛行機雲を見上げて泣けたなら。
気持ちはもう少し自由だったろうか。

下手な文字の便箋と匂いの掠れたサシュを手に額を摺り寄せる。

「……」

叶わなくてもいいから―言いたかった言葉があった。
けれども今、それを言葉にしたら泣き出してしまいそうで。
背を丸めて小さくなって胸の内にこみ上げる何かが零れないように抱え込む。

開きかけた唇は、細いため息だけを吐き出して閉じた。


| 日記&SS | 22:22 | comments(0) | - | |
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